[おきなわ早わかり]
| 国道58号線 |
カード更新日:2007年03月02日 |
那覇市から名護市まで、本島西海岸にそって走る本島交通の大動脈。
国道58号は、那覇市の明治橋から沖縄本島西海岸を経て、名護市(なごし)、さらに最北部にある国頭村(くにがみそん)の奥集落まで続く沖縄の交通の大動脈で、区間距離は125kmに及びます。
本島を縦断する形で敷かれている国道58号は、沖縄のさまざまな側面を見せてくれます。
南の始点は、奥武山(おうのやま)公園の前。ここから、那覇市の中心市街地をぬけ、天久(あめく)新都心の西端をとおり北上します。途中浦添市(うらそえし)ではブルーシールのアイスクリームショップや、A&Wのハンバーガーショップ、宜野湾市(ぎのわんし)では米軍払い下げの中古家具店などを沿道に見て、北谷町(ちゃたんちょう)の新しいショッピングエリアへ。
嘉手納(かでな)基地の広大な滑走路のあるところから読谷村(よみたんそん)へ抜け、恩納村(おんなそん)にたどりつくとエメラルドグリーンの海が沿道に望めます。夏の間、中部あたりから点々と、「アイスクリン」という看板のアイスキャンディー売店が立つのも名物のひとつ。
許田インターチェンジを過ぎて、名護(なご)市街地へ。市街地で58号を左に折れれば、『沖縄美ら海(ちゅらうみ)水族館』や『今帰仁(なきじん)城跡』などへ。直進すると、動植物園『ネオパーク・オキナワ』などを過ぎ、今帰仁村へ。左手に東シナ海が広がります。
大宜味村(おおぎみそん)に入り、伝統行事「ウンガミ」で知られる塩屋湾、芭蕉布などで知られる喜如嘉(きじょか)を抜けると、右前方にオクマビーチが見えてきます。すぐに左手には景勝地として名高い比地(ひじ)大滝への看板が見えます。
更に北に進むと、海岸には大きな岩がごろごろと転がり、風景が変化してきます。辺戸名(へんとな)の街は、このルート最後の商店街。路線バス最北のバスターミナルもあります。また、この辺りには、昔ながらの町並みがところどころで見られます。
ここから景観は更にダイナミックに。茅打(かやうち)バンタの荘厳な眺めを横目に最後の集落、奥へ。
奥の街を通り過ぎた外れに、58号の終着点があります。
この国道の実際の起点は鹿児島市山下町で、種子島、奄美大島を経て那覇市まで続きます。
那覇市から嘉手納町(かでなちょう)までは片側3車線ですが、この区間は、沖縄でも渋滞が激しいところです。特に、那覇市と宜野湾市(ぎのわんし)の間は、朝夕の通勤通学のラッシュが激しく、バスレーン(バス専用レーンまたは専用道路)規制が行なわれます。
朝は7時30分~9時30分の間、宜野湾市伊佐交差点から那覇市久茂地(くもじ)交差点の那覇向けの外側1車線。夕方は17時30分~19時30分の間、那覇市旭橋交差点から天久(あめく)交差点までの北向け外側一車線が、バス、タクシー専用レーンとして規制されるので、注意が必要です。ともに、土曜、日曜、祝日と正月三が日を除きます。
かつて、大正時代には、那覇から名護、羽地(はねじ)をへて今帰仁(なきじん)に至る道路のことを、国頭街道と呼んでいました。このうち那覇と羽地の間は、現在の国道58号とほぼ重なっています。
戦後、本土復帰以前までは、旧琉球政府道1号線(軍用1号線)と呼ばれていましたが、本土復帰を機に、一般国道58号に指定されたのが、現在の国道58号です。
| [参考文献] |
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1983年、『沖縄大百科事典』、沖縄タイムス社
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情報提供者:
(財)沖縄観光コンベンションビューロー
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